【エスティニアンの図】
こんにちは、脱臼マンです。脱臼マンの住んでいる地域は、急に秋めいてきました。
私は本日22日に休みを取って、4連休を錬成しました。せっかくのまとまった暇な休暇、絵を描こう!……と思ってはいるのですが、どうも筆が振るわず、惰眠を貪るだけなのも何だしブログでも書くか……とPCを広げた次第です。(といいつつ二枚くらい描きましたがドヤァ)
さて、今回は絵を描いたりする方からはあるある~と共感いただけるだろうネタでお話しようと思います。
ズバリ、「気に入っている&気合が入っている絵ほど、SNSでウケない」!
今回のエスティニアンの図、とっても気に入っている一枚なのですが、それはそれはウケが悪くて、最初はショックを受けました。今はSNSのウケについてはまあいっか~!ドンマイ!いや、ドソマイ!みたいな受け取り方をしているのですが(いつも反応してくださる方には本当に感謝です…本当にありがとうございます…)、これを描いた当初はまだXを使っていた事もあり、「見てすらもらえないなんて…」と少なからず残念に思っていました。
個人的には、蒼天のイシュガルドのエスティニアン回の見開きカラーページ!みたいなイメージで描きましたが、あれですか?暗いですか?あんまり大衆が求めているエスティニアンではなかったようです…悲C。逆に、「あれっ…私…売れ線の絵…描けないんだ…!」と気づかせてくれた一枚でもあります。私には大衆ウケを狙って出せない。であれば、好きなように描き、好きな人に刺さればよい、という悟りを示してくれた感じでしょうか。自分としては未だにめっちゃ良い絵だと思ってるけどね(小声)
呟き型のSNSってこう、完成絵よりもラフだったり作業途中の絵の方がウケとしては良かったりしますよね。皆別に意地悪でやっているのではなくて、「オッ!頑張れよ(イイネッ)」としてくれているんだろうな。
美輪明宏さんが(突然の美輪明宏さんの登場に驚かれましたでしょう。私も驚いています)、現代の事を「優しさの時代」と評されていました。ぱっと聞くと良い時代だなあって感じですし、実際、無害な優しい人たちにスポットが当たっているのかなと思います。マイノリティとされてきた方は、昭和に比べたらずっと優しい時代になったな、と感じられるのかも知れません。が、「優しさという正義」みたいな、優しくないなら死ねよ的な極端さは感じるこの頃であります。誰にも敵などいないんだ…(ヴィンランド・サガのトールズ)
ヴィンランド・サガといえば、今日最終巻発売か…!?このブログを書き終わったら…俺…本屋さんに行くよ…。
ヴィンランド・サガはほぼ箱推しという感じなのですが、クヌート殿下の覚醒シーンは、個人的なキリスト教の解釈と同じだったこともあり、泣きました…。ざっくり言うと世界を構成する自然物の美しさは神の愛。なのに人間は自我があって、争いばかりしている。人間の心にだけ、愛はない。人間が愛だと思っている感情は「差別」なのである。という感じです。
クヌート殿下は自分の臣下を父のように慕っていたけれど…それは愛ではなかった。他の個体と差別しているだけであった。と自認し、自分の心にも愛がない…と、絶望をトリガーに覚醒します。いや大好きすぎる。いやクヌート殿下を主人公に映画作ろ?トルフィンも大好きだけど長くなっちゃうから…クヌート殿下なら150分ほどにギュッ!!と出来ないかな?出来ないですか…そうか…。
脱臼は漫画も読んでるしアニメも見たのですが、アニメ、すんごい良かった。毎週リアタイしていました。上記のように、自然物は神の愛に満ちているから美しいんです。アニメでは本当に景色や動植物が美しく描かれています。一方で、人間たちは血みどろの激しい戦いをしています(今更だけどご存じない方向けに説明するとヴィンランド・サガはヴァイキング(海賊)の話だよ)。対比が分かりやすく描かれていて、伝わ…ッれえええええ!!!という作画スタッフさん達の心意気を感じました。勝手にだけど、「人間の心には愛がないのかも知れない。でも……」というスタッフさんたちの愛…確かに受け取りましたよ…。
ヴィンランド・サガの話は一旦置いておいて、絵の話に戻りたいと思います。なんでヴィンランド・サガの話になったんだっけ。トールズか。トールズなら仕方ない。
結構ラフ段階で最終形態まで決めていたようですね。全く記憶にないですが、写真が残っていたので、折角だから載せておきますね。最初から表紙っぽいのが描きたかったみたいです。
エスティニアンはとっても優しい男で、クールで大人だけれども、もう誰もこぼさねえ!というタイプだと解釈しています。誰かの無念を背負って進むタイプ。良い霊も悪い霊もいっぱい憑いてそうな男ですね。普段は結構大雑把そうなので、本人は気づいていないパターンなのでしょう。ヒカセンもそういう人物のように感じられますので、シンパシーを込めて相棒!と呼んでくれるのかも知れません。脱臼としては、ムソウサイ師匠の次に好きなNPCですね。(だから描いたんでしょうけど)
【ラフの図②うわあ!いきなり描き進めるな!】一部分から急に描き始める脱臼マン!だって……ねえ?そりゃあ……描きたいところから描きたいじゃないですか。描きたくないところから描いたら、もう描きたくないじゃないですか。
一時いわゆるデェジンシ(悟空)を描いていた事がありますが、漫画って好きなところから描き始めると、最終的にやりたくないところだけ残って、終われないんだ……。だから…描きたくないところと、描きたいところを、交互に描くんだよ……!(当たり前体操)
「描きたいところ」「描きたくないところ」「やりたい作業」「やりたくない作業」の4軸で考えているかも知れない。まあ「描きたくないところ」×「やりたくない作業」をやらなければならない時に発狂ののち大の字になるのですけど。本当にガチで絶対にやりたくなくなったら……なんかの効果線でも入れておけばよいのだ!(暴言)
この段階ではニーズヘッグの資料を見ていなくて、不細工になっちゃってますね。ごめんね。この後資料を見て「おぬしこんな顔をしておったかーッ!」となりました。結構平べったいというか…よくあるドラゴン顔よりも正方形っぽいなと思いました。イメージ的には90年代にありがちなドラゴンのデザインからの脱却を図ったような、モンハンライクなドラゴン…伝わらないですね本当にありがとうございました。
と、ここまで書いて今完成絵を見返してみたけど……。うーーん、やっぱりホワイトは入れるべきだっただろうか…。今だったら入れるかも知れない。早く終わりたかったのかなあ。
で、以下はヴィンランド・サガの思い出。
ヴィンランド・サガは一期と二期の二回アニメ化されました。一期が終わったくらいだったか…ちょっと忘れてしまったのですが、2019年に立教大学で「『ヴィンランド・サガ』からみたアイスランド」というなんともアカデミックな感じのイベントがありました。アイスランド史がメインのトークセッションイベントでしたが、作者の幸村先生が登壇されるとの事で、私も会場に行ってみました。
会場はモロ「大学の講堂ホール」、という場の雰囲気もあり、登場人物全員オタク、みたいなオタクイベントという雰囲気ではありませんでした。結構色々なジャンルの方がお見えで、どちらかと言うとお堅い感じがしていました。
そこへ幸村先生登場!…が、まさかのヴァイキングのコスプレをしているッ!
し、しかもご本人が…ちょっと恥ずかしそうにしている…ッ!!!
会場のハートをぐっと掴んで、そこからは終始和やかな雰囲気で進行していました。
幸村先生はこう、本当に作品の雰囲気にそっくりというか…。ものすごい乱暴に言うと、トルフィンみたいな人なんだなあと思いましたね。2023年くらいか、以前Xで「「怖い」と評されることを喜ぶ人がいるけど、優しくて周りの人がリラックスできる人になったほうがよくないですか。自分もそうなりたい」みたいな事をおっしゃっていて、好き!!となりました。2019年のリアルイベントで、ヴァイキングのコスプレで登場し会場の緊張感を破壊した先生なので、Xでの発言も多分本心なんだろうなと思います。ヴァイキングなどが当たり前にいる時代、反暴力を唱えているトルフィンは度々作中で「お花畑野郎」と言われています。時代からズレているのはそうなんでしょうけれども、幸村先生を見ていると、お花畑結構。と思わされます。「優しさの時代」には、むしろお花畑が似合うかも知れません。
お花、踏まないで!(エアリス)
半分以上ヴィンランド・サガの話になってしまっていますが、大丈夫!ここまで読んでいる方々は有益情報をこのブログに求めていないッ!(名推理)御覧のブログは自由を御旗に掲げております。
ちょっと疲れてきたので今回はこれで終わろうと思います。(素直の神スナオティヌス)え?
ここまで読んでくれたそこのキミ!ありがとう!
皆さんにやや面白い事がありますように。
おしまい